当塾のマンツーマン授業も夏休みから、半年近く経過しましたが、
夏休みスタート以降、ずっと継続してご参加いただいている方が数名いらっしゃいます。
そのうちのお一方のご父兄様と先日、面談をさせていただきました。
非常に印象に残った言葉があります。
高いレベルを望みすぎていたかもしれないというものでした。
面談をさせていただいたご父兄様は、お子さんに対して、高い偏差値の学校とか、
有名大学への進学等、強く気にするご父兄様では一切ないです。
そのような前提を持たず、わが子の真の成長を願うご父兄様です。
とはいえ、ご父兄様が教育に対して熱心に取り組む場合、
どうしても周囲との比較が潜在的にあります。
そのため我が子のありのままを客観的に見てあげることが出来ない場合があります。
言葉では、高いレベルを望んでいるわけではないというご父兄様でも、
面談を通じて伝わってくることは、違う場合があります。
そのような場合の面談は言葉の奥に潜む本音・実態・本質を見極め、
ご父兄様各々で、「・・・であってほしい」という前提を踏まえた面談になります。
そのため「成績を上げるには、●●と●●を必須で実行していかないと、
受験に間に合わなくなるよ!」といった危機感を植え付ける話になりやすいです。
今回、このご父兄様から頂いた高いレベルを望みすぎていたかもしれないという言葉は
上記のような紆余曲折を通じて、何も変わらなかった状態が、
お子さんの出来る/出来ないを見極め、出来るところから、授業を設計し取り組みだすことで、
それまで全く変化の見られなかったお子さんに、変化の兆しが見られた経験を、
このマンツーマン授業から少なからず感じていただいた部分もあるものと思います。
高いレベルを望まないからこそ、お子さんも急かされている印象を持たず、
プレッシャーやストレスを感じず、素直に吸収できるというのもあります。
無論、お子さんのタイプにもよりますし、状況もありますから、使い分けないといけない時期もありますが、
多くの場合、高いレベルを望みすぎていたかもしれないということに気付くことが出来ると、
お子さんの地殻変動は始まります。
逆説的に書くと、お子さんの地殻変動が始まらないのは、高いレベルを望んでいるからかもしれません。